世界一周したら海外が少し嫌いになった(嫌な面が見えてくる)

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みなさんこんにちは、トンプソンです!

2025年1月中旬から2月上旬まで中東を中心にアジアをめぐる旅をしていましたが、旅の途中で私はこんな事を感じていました。

「海外なんてもうこりごりだ、早く日本に帰りたい」

と。

これまで海外を20カ国以上旅行し、海外旅行が大好きな私ですが、これほどまでに早く日本に帰りたいと感じたことはありませんでした。
(いつもなら、まだ海外に居たいなとか、日本に帰りたくないなぁ~なんて思っているのですが。)

これに加えて、私は今まで大好きだった中東に対してネガティブな意見を抱いてしまい、

「もう中東はしばらく行かなくていいかな(もしかしたら一生行かないかも)」

とも思ってしまいました。

私の友人にこれを伝えると「あんなに中東好きだったのにどうしたの?」と言われましたが、色々ありましたのよ実は。

帰国した今、時差ボケや旅行中で遭った出来事などでまだまだ心の整理が出来ていませんが、ブログに書くことで少しでも整理できたらいいと思い文字に起こしてみたいと思います。

何があったのか?

外国に行くと、良くも悪くも様々なトラブルがあり、比較的それらを私は楽しんでいました。

「外国は日本とすべてが違って面白いな」
「旅行にトラブルはつきものなので、いつでもかかってこい」

みたいに。
しかし、今回の中東をめぐる旅では私の許容範囲を超えてくるような出来事が多々あり、「外国(特に中東)なんてもうごめんだ」と感じてしまいました。
何があったか、エピソードを書いていきます。

ヨルダンでのひどい客引き

2025年1月下旬に私はヨルダンを訪れていました。
ご存じの方も多いと思いますが、ヨルダンには死海、映画インディ・ジョーンズ3 最後の聖戦のロケ地にもなったペトラ遺跡など見どころが多々あり人気の観光地となっております。

インディ・ジョーンズ3 最後の聖戦に登場したロケ地であるペトラ遺跡。
死海、英語でもDead Sea(死の海)と表記されます。生き物が生息できないほどの高い塩分濃度を誇るこの場所は、海抜400mと地球上でもっとも低い土地として知られております。塩分濃度が高いので、何もしなくても浮きました。

ヨルダンに行く前はワクワクしていましたが、到着して早々あまり良くない体験をします。

ヨルダンのクィーンアリア国際空港から首都アンマンに向けてバスに乗り、そこから中東版UberであるCareemに乗ってホテルに向かおうとしていた時の事。

タクシードライバー
「やぁ! タクシーを探しているの?」

トンプソン
「あ、いや。大丈夫です✋」

タクシードライバー
「どこまで行くの?」

トンプソン
「アンマン中心地のホテルまで。」

タクシードライバー
「それなら10ディナール(ヨルダンの通貨で日本円で約2,000円)で行けるよ。」

トンプソン
「(でたでた、観光客に高額な料金を請求してくる奴だ)いや、あなたは嘘をついている。Careemによれば中心地までは4ディナール(日本円で約800円)で行けるよ。」

タクシードライバー
「わかったよ、それなら4ディナールでいいよ。」

トンプソン
「いや、もういいです。」

タクシードライバー
「4ディナールでいいよ、すぐに出発できるよ!」

トンプソン
「(無言で無視してこの場を立ち去ろうとする)。」

タクシードライバー
「どこ行くんだい?そっちに行ってもタクシーは捕まらないよ!おいどこ行くんだい。待ってよ!」

まぁ、よくある海外の客引きかもしれませんが、ヨルダンはとにかくしつこかったです。
ヨルダンの前には、クウェートに滞在していたのですが、クウェートでは強引な客引きはありませんでした。
なので、クウェートからヨルダンに2時間くらい飛行機で移動しただけでこうも違うのかと、ギャップを感じました。

他にも、ペトラ遺跡を訪れたときも

「ガイドしてあげるよ!10ディナール(日本円で2,000円くらい)で!」
「ロバに乗って頂上まで行けるよ!」


など、たくさんの客引きにあい、そのたびに「No thank you」と断るのですが、彼らは一回断られただけでは引き下がりません。

「じゃあ、8ディナールに値下げしてあげるよ!」
「ここから頂上まで行くにはかなりの斜面があるからロバに乗らないと厳しいよ!」

など、様々なうたい文句で畳みかけてきます。
全く引き下がる様子はありません。
こんな声掛けをいたるところでされた私は、うっぷんが溜まっていき、とある客引きに対して、

トンプソン
「I said NO !(いらないって言ってるじゃん!)」

と言い放ちました、そっちが強引ならこっちも強い口調で言っても構わないだろう、と。
そしたら、

ヨルダンのとある客引き
「You don’t human.(あなた、人間じゃない。)」

と言われる始末。
私のイライラはさらに高まりました。笑

1つだけ彼らの事を理解できるとすれば、ヨルダンは他の中東諸国と違い石油や天然ガスが出ない国でそこまで豊かではありません。
ガイドやタクシードライバーも日々暮らしていくのに必死になっているというのは分かりますが、私は彼らをボランティアしにヨルダンに来ているのではありません。

少し残酷で冷たい人間と思われるかもしれませんが、私にも私の生活がありお金も限られています。

ヨルダンの中学生に絡まれる

続いてのエピソードは、ヨルダンの街中を歩いていた時の話。
突如、私の目の前を中学生くらいの少年が通りかかりました。
「ハロー」と一言だけ言ったら、

ヨルダン中学生
「ハロー! どこから来たの?」

トンプソン
「日本から来たよ。」

ヨルダン中学生
「え、マジか! みんな来て! この人日本から来たんだって!!!」

すると、彼の仲間たちが6人くらい来てあっという間に囲まれる私。

「日本のどこから来たの?!」
「柔道はやる?!」
「サッカーはやる?!」
「何しにヨルダンに来たの?!」

と、次々に質問攻めにあう私。

すると、とある少年が私に向かって。

少年
「○○○(アラビア語)!!」

トンプソン
「は?」

少年
「○○○(アラビア語)だって!」

トンプソン
「アラビア語わからない。」

少年
「○○○(アラビア語)だってば!」

トンプソン
「いや、だからわからないって。」

少年
「○○○(アラビア語)って言ってよ!!!!」

私は彼からしつこくアラビア語で話しかけられましたが、決して彼の意味不明な言葉を復唱しようとは思いませんでした。
なぜなら、彼は意味不明なセリフを言いながらニヤニヤしていたからです。
そう、おそらくアラビア語であまりよろしくないセリフを、何もわからない外国人の私に言わせようとしていて、私はそれを察したからです。

「うわ、完全になめられてるな。」

バカにされたようで、一気にテンションが下がりました。
「中学生相手になにムキになってるんだよ」と思われるかもしれませんが、同じ地球に住む1人の人間として我々の立場は平等だと思ってます。だから許せなかったです、不快に感じました。

また、彼らは主張が強いという文化を持っているので、私が会話に答える前に次々と話しかけてくるので、カオスな無法地帯と化しました。しかも大きな声で。

私は、彼らの会話を遮りその場を後にしました。

立ち去る私に向かって「待ってよ、一緒にサッカーしようよ!」と彼らは叫んでいましたが、私はもう怖かったです。
年齢的に成熟していない彼らからどんな仕打ちを受けるか分からなかったからです。

日本人の私に物珍しさからテンションが上がって興味本位で話しかけてくれたかもしれませんが、私は非常に疲れ、一種のトラウマを植え付けられました。

飛行機内でのおしゃべり

ヨルダンを後にし、サウジアラビアを訪れていました。
サウジアラビアを後にし、次の目的地であるバーレーンに向けて飛行機に乗っていた時の話。

私は3列シートの丁度真ん中の席となり、両サイドにはアラブ人が座っていました。

飛行時間は約2時間で、のんびり静かに過ごそうと思っていたところ、急に私の両隣のアラブ人2人が私越しに会話を始めました。
ベラベラと大きい声で話しています。
(アラビア語は発音が様々あり、わずかな違いのある発音もあることから、大きい声ではっきりと話さないと伝わりません、なので自然と声が大きくなるのです。ましてや、ここは飛行機の中なので、大きなエンジン音に負けじと大声で話さなくてはなりません。)

話し始めてから1分経過。

さらに5分。

さらに10分。

さらに30分と、一向に終わる気配がありません。
私が真ん中にいるのに、彼らは私が空気に見えるかの様に気にせず話を続けています。

飛行機がまもなくバーレーンに着くというアナウンスが流れ始めて、ようやく彼らは会話をやめました。

耐え続けること実に約1時間。
「話をやめてくれませんか?」などと口が裂けても言えませんでした。
なぜなら、彼らアラブ人は会話をとても大事にしている民族・人種で私はそれを知っていたからです。
私の両隣の人たちはおそらく初対面の人ですが、アラブ人や中東に住む人は誰とでも臆することなく会話をし、友達になります。

なので、私は彼らの文化を「話をやめてくれませんか?」という一言で壊したくありませんでした。
なので大声で会話する彼らを止めることはできませんでした。

たまたま真ん中の席になってしまい、運が悪かっただけですが、ヨルダンでの出来事など、ストレスが溜まっていた私はさらにストレスが溜まりました。

電車やバスでもお構いなしに通話

バーレーン、その次に訪れたカタールでは、バスや地下鉄を利用して移動することが多々ありました。
そんな中で、アラブ人や中東に出稼ぎに来ているインド人、バングラディッシュ人、パキスタン人などは、バスなどの公共交通機関でお構いなしに大声で通話をし、スマホの音を出してSNSを見ています。

日本では公共交通機関で騒音を出すことはマナー違反になりますが、彼らはマナー違反とは思っていません。むしろ、公共交通機関で騒音を出すことは何も問題がないという文化です。

ただの文化の違いなのですが、日本人の私は非常に疲れてしまいました。
彼らの国を訪れているのは外国人であるこの私なので、私が彼らの文化に馴染んでいくしかないのです。

郷に入っては郷に従え

という事で、私は誰にも文句を言ったりはしませんでしたが、慣れない中東でのストレスに段々と嫌気がさしてきました。

中東でストレスを感じた結果

様々な事を経験してストレスを抱えてしまった結果私は、

・現地で人と会話するのを避けるようになりました。
・タクシーなどの客引きが怖くなりました。
・ストレスのせいか、倦怠感を感じるようになり1日寝込む日もありました。(軽いうつ病みたいな感じで体がベッドから動かない)
・中東というエリアに対してネガティブなイメージを持つようになりました。

個人的には、海外旅行中に上記のようなことは今まで経験したことありませんでしたが、明らかに私の体調が変化していきました。

日本に帰国してこの記事を書いている2025年2月現在でもまだ100%の元気を取り戻せておりません。

好きだったものが嫌いになる

今回の経験を通して学んだことは、

「好きな物を知れば知るほど(突き詰めれば突き詰めるほど)嫌な面が見えてしまって嫌いになってしまう。(事がある)」

という事です。

私はもともと中東やアラブの文化に非常に強い興味関心を持っておりました。
以前にも、UAEとオマーンにも数日だけ旅行したことがありました。

さらに、中東諸国で人気のサッカーでは、アラブ人とアフリカ系アラブ人や外国出身の帰化選手が入り混じった国際色豊かで多様性のある風潮が好きでした。

サウジアラビアで撮影したとある一枚。Kings Cupというサウジアラビアで年間No.1クラブチームを決める大会のようで、写真は1978年にアル・アハリというチームが優勝した時の写真です。
アラブ人やアフリカ系アラブ人など国際色豊かなチームに見えますね。

しかし、現実は少し違いました。

私が頻繁に利用した配車アプリのCareemやUberでは、インドやパキスタン出身のドライバーが数多くいました。
その方々に現地の生の声を聴いてみました。

トンプソン
「現地(中東)の暮らしはどうですか?」

ドライバー
「昔は良かったけど、今はあまり良くないよ。現地のアラブ人は我々外国人労働者の事をリスペクトしていないんだ。30%のアラブ人は良いけど残りの70%のアラブ人は我々の事をリスペクトしてくれない。特に、今の若い世代はひどいね。」

と、私が質問した方々全員から、全く同じ答えが返ってきました。

少し衝撃でした。
様々な人種が暮らしており多様性が見えると思っていた中東では、お互いを尊敬しあっていない様子でした。

調べてみると、私が滞在したクウェートでは、数年前のコロナ禍で、
「外国人労働者がコロナウィルスを運んできている!」
「外国人労働者が大勢病院に行くせいで、我々現地人が診察を受けられないではないか!」

という風潮がありました。

クウェートだけでなく、バーレーンでも、カタールでも外国人労働者をリスペクトしていない風潮がありました。(各現地の実際の生の声を聴いた結果です)

これまで私が好きだった中東は、実は違う側面があることに気が付き、少しショックを受けました。
以前訪れたUAEやオマーンはそれぞれ3~4日のみの滞在だったので当時は気が付きませんでした。
先程書いた、私が今回の旅で遭遇したエピソードも加えて、中東に対するイメージが変わってしまいました。

知れば知るほど、嫌な面(闇の部分)が見えてしまうという事を気付いてしまいました。

人間関係でもそうですよね。
恋人や友人と長く付き合うと、プラスの面が見えてきてその人の事をさらに好きになる事が多いですが、

「あれ、この人って意外とこんな一面があるのか。。。」

と、失望してしまう事もあります。

この世の中に人間はごまんといるので、完全に自分に合う物や人を見つけるのはかなり難しいことです。
しかし、知っていくことによって私自身の好みや、私はどういう人間なのかを理解してくるので、まずは様々な事を経験してみないと分かりません。

たくさん人と関わって、勉強して、仕事して、恋愛をして、旅行して、食べて、チャレンジをしてみて我々は成長していくんですね。

全員が全員悪者と言っているわけではない

中東に対してのイメージは変わりましたが、私は中東全体が「悪」とか「嫌」と言っているわけではありません。

現地には私に様々な事を教えてくれたり、毎日必死に生きたり、素晴らしい人間性を持った人たちもたくさん出会いました。

・約4年前にInstagramで私にDMをくれたサウジアラビア人の友達、彼は今大学でAIの勉強を頑張っており、来年海外大学のインターンシップに行くために試験を頑張っている。

・サウジアラビアのホテルのエレベーターでたまたま出会ったパキスタン出身の男性は4人家族のお父さんで、建築関係の保全や点検の仕事の研修を受けに来ており、頑張っている姿を見て私も勇気をもらえた。

・ヨルダンで携帯電話のつながらない私の代わりに、レンタカー会社に電話をしてくれて空港までのお迎えを手配してくれたお兄さん。(このお兄さんは私が予約したレンタカー屋さんとは全くの無関係の人。)

・シリア出身で今はヨルダンのホテルで働いているけど、将来的にはシリアに戻って自分のビジネスを立ち上げたいと抱負を語ってくれた親切なお兄さん。シリアは今は情勢が良くないけど、日本みたいに歴史が長くとても美しい国だと教えてくれました。

・家族はインドに暮らしているけど、バーレーンで一人出稼ぎに来ていて家族を支えているインド人のお父さん。

・バングラディッシュ出身で、バングラディッシュに住む家族のためにカタールまで稼ぎに来ているUberの運転手さん。

・ヨルダン人だけど、現在はオーストラリアでIT系の仕事をしていて、ヨルダンに一時帰国していた男性。

今回もさまざまな出会いがあり、それぞれに人生がありました。
私が出会った彼らはみんな素晴らしい人間性で「悪」とか「嫌」という側面は1mmも見えませんでした。

人だけでなく、中東地域には素晴らしい観光地や料理もありとても長い歴史を感じました。

クウェートで食べたケバブ。ケバブというのは本来は肉を焼いた料理の事で、日本でよく見るケバブ屋さんは正しくは「ケバブサンド」です。ラム肉のケバブは少し臭みはあるもののとてもおいしく、隣にある巨大なナンもあってお腹いっぱいに!
今回の旅ですっかりケバブのファンになりました。
中東によくあるSouq(スーク)の写真で、伝統的な市場という位置付けの場所。
日中はとても暑くなる中東では、比較的涼しくなる夜から本格的に賑わいを見せます。
写真はサウジアラビアのスークです。

今回私はあくまでも、中東の文化に合わないという事が分かっただけで彼らや中東のすべてを否定しているわけではありません。
そこは、はっきりとする必要があります。

まとめ

まだまだ旅の疲れが心身ともに残っており、気分も少し暗いですが、中東は少し肌に合わなかったと知っただけでもいい経験になったとプラス思考に切り替えて、現実を受け入れていきたいと思います。

ネガティブな内容にもかかわらず、最後まで読んで頂きありがとうございました。

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